こんにちは、カンクンとくれぽんです。
今日は私たち夫婦の出会いからカンクンが来日するまでの経緯をお話していきたいと思います。
出会いは言語学習SNS
私たちは、lang8という言語学習サービスのサイトを通じて知り合い、結婚して日本に住んでいます。
私は英語を、カンクンは日本語を勉強していました。
プロフィールページの写真がとても親しみやすく、私から友達申請をしてそれからよくメッセージのやりとりをするように。
趣味も似ていて、なかなか人に相談できる内容ではない近況がよく似ていたこともあり遠く離れた顔も知らない2人がお互いに励ましあっていた、という関係でした。
旅が好きでヒマだったこともあり、その頃ちょうどジュリアロバーツの「Eat,Pray,Love(食べて祈って恋をして)」の映画を観て「バリのウブドへ行ってみようかな」と思いたったくれぽん。
カンクンにそう伝えるとカンクンもバリへ来て実際に会うことに。(カンクンもヒマだった)
くれぽん
ウブドで意気投合
そんなこんなで実際に会った私たち。
くれぽん
カンクン
レンタルバイクであちこち行って、ウブドを満喫。
帰る頃にはすっかり仲良くなって、お互いの気持ちは通じ合っていました。
両親に結婚を前提にしていると話す
その時点で2人とも30歳を超えていて、帰国してからチャットでなんとなく結婚の話になっていました。(今考えるとちょっとすごいね)
そうなると両親へ話をしなくてはいけません。
カンクンは両親が早くに他界したので兄弟へ話し、私は両親へ話をしました。
30過ぎても嫁に行かない私のことを心配していた母親は、「え!うそ!ホント?!」と娘の結婚話に初めはかなり喜んでいたものの、次の日「もう一回ちゃんと話しに来なさい」と暗い声の電話が・・・。
どうやら父親にいろいろと話をされたらしく、その内容はこんなものでした。
・仕事はどうなっているんだ
・日本に住むのかインドネシアに住むのか
・向こうの家族はどう思っているんだ
・日本で暮らしていけるのか
・宗教はどうなんだ
・お金目当てなんじゃないのか
などなど、それはもう親としての心配事をたくさん言われました。(そりゃそうだ、自分が親になってよくわかるw)
結論から言うと、
バリで初めて会ったのが11月、親に話したのが12月、4月にまたバリで会い、実際に両親をインドネシアに連れて行ったのが9月、来日したのが10月という感じです。
12月に話してから両親をインドネシアに連れていくまでに9か月かかってますね。
やんわり反対されていたんですが、反対されても意外と私が「まぁいつかはわかってくれるだろう」てな感じで冷静だったので、親も「あ、こりゃ本気かな」という具合。
そしてある日突然父親が「インドネシアに行こう!」と言い出したのです。
両親をインドネシアへ連れていった
そんなこんなで両親を連れてインドネシアへ。
9月で台風が来ていて飛ばないんじゃないかとヒヤヒヤしましたが、遅延でのフライトで無事に到着。
カンクンを紹介したあと、両親はカンクンのことを気に入ったようでひと安心。
ジャカルタにいるうちに2人で日本大使館へ行き、用意しておいた日本へ招聘するための書類などを提出。
車でカンクンの家があるバンドンへ。
カンクンは兄弟が多く(本当は10人だけど、いろんな事情で5人)10人兄弟の末っ子なので、兄姉甥っ子や姪っ子5世帯が一同に集まって、私と両親を迎え入れてくれました。
小さい姪っ子甥っ子の挨拶(目上の人には手を取って自分のひたいに付けて挨拶をします)や、家族ごとにおそろいのバティック生地で作った服を着て、たくさんのごちそうでもてなしてくれて両親もとても感動していました。
言葉は通じませんが、和やかな時間を過ごし、無事に両家の顔合わせが終了しました。
まとめ
結婚は2人だけではできないし家族の協力や同意が(特に国際結婚は)必要不可欠。
親の反対を振り切って結婚しても、日本人同士の結婚より何倍も大変なのです。
今となっては、無茶苦茶な結婚話を持ってきた娘を信頼して行動に移してくれた両親には頭が上がらないし、よく理解してくれたなぁと感じます。
そして、カンクンの兄姉も遠く離れた日本へ弟が住むことをよく許してくれたなぁと思います。
なかなか理解されにくい部分もあるとは思いますが、「この人と結婚したい!」と思ったら誠実に冷静沈着に周りの人の協力を得られるように説得しましょう。
結婚を真剣に考えている2人なら、協力して乗り越えられるはず。
そこで相手の本気度も試されると思うので・・・。
結婚生活は長いです。1つ1つを夫婦の自信となるように信頼を積み上げていきましょう!
応援しています!


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